世界各国・日本全国各地を訪れた様子を記していきます。(小さな写真はクリックすると拡大します)
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宿泊したホテルには自転車が用意されていて、
半日10RMでレンタル出来たので利用してみました。

マラッカ40

自転車はこちら。

新しいホテルなので、自転車も新しく見えたのですが、
乗り心地はイマイチでした。
ボロくもないのに、一体何が駄目なんでしょう?

マラッカ36

さて、こちらはホテルの近くの大通り。
見えるのは、建築中のダタラン・パラワン・メガモールです。

幹線道路はこんなに広くて5車線もあるというのに、
なんと片側一方通行なのです。驚きました。

マラッカの後に訪れたジョージタウンもそうだったのですが、
幹線道路は広くて車線も多いのに一方通行ばかりで、
代わりに信号がほとんどなくて、スムーズに流れてました。
渋滞を回避するための施策なのだとは思いますが、
道を知らない観光客にとっては難易度が高かったです。

こんなに広い道で車の往来が激しくなると、
右側の車線から左側へは行けません。

マラッカ37

なので仕方なく、海側へ右折して隣の大通りへ。

この大通りも謎な作りをしてました。
一番左はまっすぐしか進めません。
その隣にあるのが本通りでしょうか?
うーん。。

マラッカ38

大通りに苦戦したので、1本奥の通りへ。

ショップハウスのような同じ高さの建物が並んでますが、
かなり老朽化してます。
閉店しているショッピングセンターもありました。
近くの再開発エリアに負けてしまったのでしょうか。

さて、細い通りに入ったはずですが、
ここも一方通行でした。
この後、しばらく一方通行に苦戦しました。

一方通行がずっと同じ方向に続くのならわかり安いのですが、
利便性を考えてか、1ブロックごとに交代しているようで、
通りの進行方向は8の字型になっているのです。
なので、ただまっすぐ進みたいだけなのに、
強制的に曲がらされて、目的地に辿り着かないのです。

そんなわけで、ポルトガル人の末裔が暮らしている
ポルトガル村へ行くのを断念しました。

(後から地図で通りをきちんと確認したら、
 ちょっとの大回りで行けたはずなのですが、
 強制的に曲がらされた道がどの程度か分からず、
 諦めてしまいました。)

マラッカ39

途中で見かけた鮮やかなブルーの家。
向かいにはオレンジの屋根が素敵な家。

ここがポルトガル村かな、と思いましたが、
違いました。残念。

マラッカ41

でも、せっかくなので、住宅街の中を進んでみました。
オレンジ屋根の低層住宅が並びます。
ヤシの木は南国っぽいのに、建物は西欧っぽくて、
不思議な調和でした。

マラッカ42

交差点に建つ青と白の建物。
警察のようですが、何故この色?
同じ色の奥のマンションらしき建物は何でしょう?

マラッカ43

何故かいつも気になってしまうお墓。
こちらはイスラム系みたいです。

マラッカ44

ブルネイで見たお墓とは違います。
墓標がただ挿してあるだけでシンプル。

マラッカ45

セント・ジョーンズ砦の入口。

交差点が丘に隣接していて、
いきなり看板が現われました。

マラッカ46

写真では分かりづらいですが、結構な坂道です。
自転車は押して進むしかありません。

マラッカ47

登りきったら、東屋でおじさん達がたむろしてました。

マラッカ50

階段の上に真っ白な砦が見えてきました。

マラッカ51

汗だくになりながら登りましたが、
大砲がいくつか置かれているだけでした。

マラッカ52

マラッカの町並みを見下ろして。
海沿いは高層マンションがたくさん出来てます。

セント・ジョーンズ砦を後にして、今度は北へ。

マラッカ53

通りに並ぶお店。
ここも2階建てで高さが揃っていて、
屋根や外観が統一されてます。

マラッカ54

これはバス停ですかね。
マレーシアらしい建物の屋根。
日本のバス停も和風建築にすればいいのに、
と思ってしまいました。

マラッカ55

中国らしい広場が見えてきました。

ここは、ブキッチナ(中国人の丘)の麓。
中国の明の時代にマラッカ王国に嫁いできた王妃に
与えられた丘なので、入口部分の広場も中国風なんですね。

マラッカ56

広場に登ってみましたが、塔があるだけでした。

マラッカ

広場の隣は、ポー・サン・テン寺院。

マラッカ59

お寺の中へ。

屋根には派手な装飾がありますが、
内部は開放的で比較的シンプルでした。

マラッカ57

お寺の隣にあるのは、スルタンの井戸。
干ばつでも水が枯れなかった井戸だそうです。

マラッカ60

お寺の脇には丘を登る散歩道がありました。
が、私はここからは登らず、車道をもう少し進むことに。

マラッカ61

再び、イスラム系のお墓を発見。

ここはブキッチナの麓だというのに、
中国人以外の墓地もあるんですね。

マラッカ62

セント・ジョーンズ砦の近くの墓地とは違って、
こちらはお墓1つ1つの境界がハッキリしています。
こちらの方が新しいのでしょうか。

マラッカ63

通りの右手側に小学校が見えてきて、
その門の横にも丘を登る散歩道がありました。
自転車を置いて、ここから登ってみることにしました。

マラッカ62

登山道を登っていく途中、
右手に何か見えました。

マラッカ63

これは一体なんでしょう?
お墓の近くにあるということは、
埴輪みたいなものでしょうか?

マラッカ66

丘の中腹、視界が開けてきたら、
いきなり大きなお墓が現れました。

この立派なお墓は中国から嫁いできた王妃の
親類とかのものでしょうか?

マラッカ67

芝生広場の一面にお墓がこんなにたくさん。

綺麗な整えられた芝生広場なので、
ピクニックに良さげな場所ではありますが。

マラッカ64

さらに上に登ってみます。

マラッカ65

ここが頂上ですかね。
だだっ広い芝生広場にお墓は点々。
やっぱり一番高い場所は一番偉い人なのでしょうか?
お墓自体は先ほどのものの方が立派でしたが。

マラッカ68

丘の上から見晴らし。
ショップハウスのオレンジの屋根が目立ってました。

マラッカ69

ブキッチナの丘を降りて、住宅街の中に迷いこみました。

こちらが一般的な住宅なのでしょうか?
隣の家と壁がくっついた作りは、
ベトナムのハノイでも見かけましたが、
こちらは低層の二階建て。
どの家も門の横に駐車場が付いてました。

マラッカ70

セント・ピーター教会に辿り着きました。

こちらは1710年にポルトガル人が建てた教会で、
東南アジアで現存する中では一番古いとか。

外観は柔らかなパステルカラーで可愛らしいです。

マラッカ71

礼拝堂の前には広場がありました。

礼拝堂はポルトガルっぽいのに、
広場はヤシの木があって南国ちっく。

マラッカ72

礼拝堂の中。
扉が開いていたので入ってみました。
木を多用したシンプルな内装で素敵です。

帰国後に調べてわかったのですが、
礼拝堂の祭壇の近くには、リアル過ぎて怖いという、
死せるキリスト像があったそうです。

礼拝堂は覗いただけで、祭壇近くまで行かなかったことが
悔やまれました。
(この教会はガイドブックに紹介されてなかったので見落としました)

マラッカ73

礼拝堂の手前にあった建物。
看板とかは見当たらなかったですが、
一体何でしょう。気になりました。

これにて約3時間のサイクリングは終了。
オランダ広場を通って、ホテルに戻りました。

マラッカ75

オランダ広場近くで見つけた自転車用の道。

しかし、自転車に乗っている人は全く見かけなかったので、
自転車の人向けではないかも。

マラッカ74

おそらく、こちらのトライショーのためのものかと。

※オランダ広場や派手なトライショーについては、
 こちらの記事(→ blog)に書きました。
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【2013/09/10 15:50】 | マレーシア(マラッカ)_2013.09
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